拝啓、親友様

仙道さんが好き。大好き。
時々独占したくなる。
でもそれは叶わないことだと知っていた。彼の傍には、いつも誰か他の女の子がいたから。
――付き合っていても、不安と悲しみばかりで毎日とても辛かった。
こんな付き合いならば、いっそ自分から別れを切り出せてしまえたらいいのに。
できるはずのないことを考えて、彼から離れられない自分が情けなくて泣いた。


この間、いつも浮気ばかりの仙道さんがやけに優しかった。
彼にとっては機嫌取りのつもりだったのだろう。
でも私、それでも嬉しくて、舞い上がってしまっていた。
「俺は藤井さんだけだから。」
そう言って笑う。それだけで救われた。もしかして、もう浮気をしないんじゃないかとさえ思った。

 

―――毎回そう思うのだけれど。

 

 

 

 

優しかった次の日、びっくりさせようとして学校の帰りに綾南に寄る。
だが、それがいけなかった。

仙道さんは、校庭の隅で知らない女の子とキスをしていた。

・・・ショックだった。
しあわせそうにキスをする二人を、黙って見ていることしかできない。
何度見ても慣れるものではなく、立ち尽くすだけで抗議もできない自分に、さらに心がシクシクと痛んだ。

もう嫌―――たくさん。

なんで、こんな思いばかりしなければならないの・・・?
他のカップルはもっと幸せそうに笑っている。けれど、私は全然幸せじゃないよ・・・

いつまでこんな思いをしなければならないんだろう―――?
もう、全部いや・・・

ぼやけた視界の中、二人の重なった輪郭だけが見えた。

鈍った思考回路で、それでもなんとか立っていようとバランスを取るために後ずさりした時、縁石に足を引っ掛けて、後ろへとバランスを崩す。

このままでは転んでしまう・・・。
なんとか体をひねり身を守らなきゃ・・・!
・・・そう思ったが。何故か、面倒くさくなってしまった。

――もう、いいや。
このままで。
どうせ何もなくすものはないんだし。

そんなことを思いながら、ただぼんやりとスローモーションの世界を眺めていた。

 

 

目を開けると、松井ちゃんの心配そうな顔があった。
「大丈夫?」
「松井ちゃん・・・ここどこ・・・つっ・・・!」
周りを見渡そうとして、頭に鋭い痛みが走る。
「・・・?」
痛む頭に手を持っていくと、包帯が巻かれているようだった。
「病院よ。アンタ、後ろから地面に倒れて、頭ぶつけて意識を失ってたのよ。」
・・・ああ、私・・・。頭をぶつける前のことを思い出した。仙道さんが・・・
思い出し、ズキンと胸が痛む。

「・・・心配したんだから」
そう言いながら、松井ちゃんが花瓶の水を換えている。
綺麗な花だった。水をきちんと換えているものに特有の、元気で力強いそれ。
その様子をぼーっと眺めた。
カーテンがゆらゆら揺れて、それに合わせて、差し込む午後の光りもゆらゆらと瞬いていた。

「・・・私、どのくらい眠ってたの」
「・・・三日」

思わず驚愕する。
三日も・・・?
ううん、それより・・・

松井ちゃん、ずっとついていてくれてたの・・・?
花瓶の水を換えている友人の姿に、なんだか胸があたたかくなる。


「・・・ほんとうに、心配だったんだから・・・。」
ハッとした。
こちらに背を向けて立っている為、表情は見えないけれど、松井ちゃんの声が、・・・震えていた。
自然と体が緊張する。

松井ちゃんが肩を震わせながら言う。
「あんたが・・・最近元気がないのは知ってた。・・・でも、」
そう言って横を向いて、いつもは泣かないあの強い松井ちゃんが、目にいっぱい涙を溜めていた。
「何か言ってくるまで、聞かないでおこうと思った。けど、こんなことなら」
大粒の涙が、松井ちゃんのキラキラ光る眼からこぼれおちる。
「無理にでも聞いておけばよかった・・・」

そう言って、こちらを見て、悲しんでいるような、怒っているような複雑な表情で顔をくしゃくしゃにした。

喉から熱いものがこみ上げる。
松井ちゃん・・・

「私は、あんたの親友なんだから、」

ちょっとは頼ってくれてもいいじゃない・・・?
そう言いながら泣く親友に、
私も大粒の涙をこぼして、声をあげて泣いた。

 


大事なものって、見落としやすい。
当たり前の様にそこにあるから、改めて気づけないことがあるんだと知る。

私は、理解した。
同時に、自分を情けなく思った。

――ありがとう、松井ちゃん。
私の場合は・・・優しく見守ってくれる、大事な親友だった。

 

 


無事退院した私は、家に帰ってから、携帯に入っていた同じ人物からの大量の着信履歴を見る。
50件の履歴が、すべて彼で埋まっていた。
メールも、同じく彼からだけで100件近く来ていた。新たにこの数日で送られてきたものばかりだった。

と、携帯が鳴りだす。
着信のライトをしばらく見つめた後、ブツっと電源を切り、携帯を部屋の隅へポォンと放り投げた。


今日は、天気がいい。
おしゃれをして出かけよう。

私は笑顔で太陽の下へ繰り出した。

END

 

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友情パワーで藤井さんは救えるか!?の実験です。

そして実験は失敗したようです。(笑)