少し前だったか。
「藤井ちゃんさ、本当に仙道さんと付き合ってるの?」
一緒に帰りながら、隣で怒ったように言う松井ちゃんにえ、と聞き返す。
「だって、・・・藤井ちゃんには悪いけど、全然付き合ってるようには見えない。これだけ一緒にいても、会ったことないし」
やっぱり最近ずっと疲れた顔してるし・・・
憎々しげに、道端の石ころを蹴りながら言う松井ちゃんの、その言葉に思わず考え込む。
「あ・・・ゴメン。だって、藤井ちゃんかわいそうで・・・その・・・ごめんね?」
うつむいた私に、傷ついたと思ったのだろう、松井ちゃんがめずらしく狼狽しながら謝ってくる。
それに気づき、ううん、そうじゃないのと弁解する。
優しい松井ちゃん。
違うの、仙道さんは悪くないんだよ。
あの人は優しいから、私の相手をしている暇はないだけなの。
――そんなことを考えながら、未だ心配そうな顔をしている隣の友人に、精一杯元気に笑い返したのだった。
それからというもの、桜木君と私は急速に仲良くなっていった。
あの日、桜木君の痛みを分かち合った私に、桜木君は心を許してくれるようになったのだ。
休み時間に話をしたり、軍団に交じって、一緒にお昼ごはんを食べたり。
「高宮!食いすぎだッ!!またデブになるぞ!!藤井さん、見て下さい!!あの脂肪!!!」
そう言って、高宮くんの顎のお肉をタプタプする桜木君。
「うるせーぞ花道!!藤井さん、全然太ってないよね~!?」
タプタプされながら主張する高宮君には悪いけど、少し笑ってしまった。
「あははははは」
毎日がすごく楽しくて、しあわせだった。
今までにこんな充足感、味わったことがないほどだ・・・
「ねぇ。」
いつもの屋上でのご飯が終わった頃、わいわいと騒ぐ桜木君達から離れて、その様子を見ていた私のところに水戸君が来た。
「藤井さんさ、あいつ・・・花道のことなんだけど・・・」
「はい」
水戸君はためらった後、真剣な眼差しでこちらを見ながら言った。
「・・・俺が言うのもなんだけどさ。後で辛くなるだけだぜ・・・」
その刹那、二人の間に張り詰めた空気が立ち込める。
「・・・分かってます。」
少し置いて私がそう言った後、水戸君は一瞬驚いた顔をした。
そして、遠くを見るような、自分自身を見ているような、何とも言えない表情をしたのだ。
水戸君も誰かを思い出しているのかな・・・そうぼんやりと思う。
「そっか・・・」
「はい・・・」
一瞬の間を開けて水戸君が言った。
それは咎めているようでも、後押ししているようでもない、静かな静かな声だった。
その後は、二人とも何も言わず、ただ遠くを見つめていた。二人の間にあるのは吹き抜ける風だけだった。
・・・水戸君は、私を気遣ってくれたのだろう。
私をみる桜木君の目に、恋愛感情は無かった。
そのことで、私がいずれ傷つくと思い言ってくれたのだろう。
でも、彼の眼差しが友達へとむけられるそれだと、私は痛いくらい知っている。
――でも、それでもよかった。私にとっては、桜木君と挨拶を交わせることでさえ特別なことなんだ。
彼が私をまっすぐ見て、そして必要としてくれる。
その事実が、涙が出るほど嬉しいんだから。
続く